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前橋地方裁判所高崎支部 昭和33年(わ)213号 判決 1958年12月02日

被告人 鶴岡武蔵

主文

被告人を禁錮六月に処する。

但し、本裁判確定の日から参年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中証人小柏宗一(二回)、知久房治、松井俊雄、奏野英一、川島一郎、森田藤吉、牛込新一郎、西沢新一、清水松尾、飯塚進、小此木陽子に支給した分は被告人の負担とする。

被告人に対し公職選挙法第二百五十二条第一項の規定を適用しない。

本件公訴事実中主たる訴因の「被告人が小此木左馬太の立候補届出前同人立候補の暁は同人に当選を得しめる目的を以て昭和三十三年三月三十一日小此木後援会事務所において旬刊新聞「新潮報」の編集及び経営者である堀口正平に対し金五万円を供与して、小此木左馬太の選挙に関する報道を掲載させた、」との点(別紙一)及びその予備的訴因の「被告人が前記目的を以て前記日時場所において小此木左馬太の選挙運動者である前記堀口に対し金五万円を供与した」との点(別紙一)はいづれも無罪。

理由

被告人は、

第一、昭和三十三年五月二十二日施行された衆議院議員総選挙に際し同月一日群馬県第三区から立候補の届出をした小此木左馬太の立候補届出前同人に立候補の意思あることを知つていたものであるが右解散及び選挙日時は未確定ながら昭和三十二年末頃から既に一般に予測されていたところから立候補の暁は同人に当選を得しめる目的をもつて小柏宗一と共謀の上同年四月十六日頃郡馬県多野郡吉井町大字吉井三百六十三番地の一松井俊雄方において選挙運動者である同人に対し右小此木左馬太のため投票並びに投票取纒等の選挙運動の報酬並びに費用として金一万円を供与し以て選挙運動の期間前に選挙運動をなすと共に金銭供与をなし、

第二、右小此木左馬太の出納責任者(同年五月一日届出)であつたが右候補者に当選を得しめる目的を以て、

(一)  同年五月十六日頃藤岡市藤岡四百二十一番地同候補者選挙事務所において知久房治を介し選挙運動者である五十嵐忠作に対し右候補者のため投票並びに投票取纒め等の選挙運動の報酬並びに費用として金六千百二十円を供与し、

(二)  同月十七日頃前記場所において前記知久を介し前記五十嵐に対し前記同趣旨の下に金五千百円を供与し

たものである。

(証拠略)

法律によると、被告人の判示各所為は公職選挙法第二百二十一条第一項第一号、罰金等臨時措置法第二条(第一の所為については更に刑法第六十条、公職選挙法第百二十九条、第二百三十九条、罰金等臨時措置法第二条、第二の各所為については更に公職選挙法第二百二十一条第三項)に該当するが、第一の所為中金銭供与の点と事前運動の点は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから刑法第五十四条第一項前段同法第十条により重き金銭供与の罪の刑を以て処断すべきであるので、所定刑中いづれも禁錮刑を選択し、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十七条、第十条により重き第二の(一)(二)の出納責任者の金銭供与の罪のうち犯情重き第二の(一)の右罪の刑に法定の併合罪加重をなした刑期範囲内で被告人を主文掲記の刑に処すべく、情状により刑の執行を猶予するを相当と認め、同法第二十五条により本判決確定の日から参年間右刑の執行を猶予し、なお、被告人の本件犯行はいづれも公正なるべき選挙を汚濁するもの、殊に第二の(一)(二)の各買収の犯行は出納責任者に選任届出があつて以後の所犯に係り、罪質決して軽しと認め難いが、記録に現われた本件犯行の動機、態様、出納責任者に選任された事情、その任務遂行の実情、被告人に前科もないことその他諸般の情状を勘案し、公職選挙法第二百五十二条第三項に則り同条第一項の規定を適用しないことゝし、訴訟費用中主文掲記の証人に支給した分は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用し、被告人に負担させる。

(無罪理由)

主文第五項記載の主たる公訴事実は別紙一記載のとおりである。

案ずるに、被告人の検察官に対する昭和三十三年八月六日附供述調書証人栗原源吉、同堀口正平(但し一部)の当公廷の各証言、堀口正平の検察官に対する各供述調書、押収にかゝる新潮報一部(昭和三十三年領第五十六号の一)によると、昭和三十三年初め頃、当時衆議院の解散、衆議院議員選挙の施行される日の近いことは世間の常識化していた頃に、小此木後援会と称するところの右選挙に当つて小此木左馬太を推せん後援する団体が結成発足する気運にあつたこと、被告人は同年一月中に小此木から右選挙に立候補の意思あることを打明けられその後援を約し後援会の結成準備にも協力していたが、その間に堀口正平といつて藤岡市多野郡方面を販売地域とする旬間新聞新潮報(毎月五の日に号を追つて有償発行をすることを建前とし、昭和三十一年十一月二十一日に第三種郵便物の認可を受け、同年八月二十日創刊以来引続き発行しているもの)の編集及び経営を担当する者を知るに至つたこと、右新聞の発行部数は通常五百部(この点に関する堀口証人の証言は信用しない)で、その頒布地域は藤岡多野地区を主とすること、被告人は選挙運動期間前の昭和三十三年三月二十七日頃公訴事実記載の小此木後援会事務所において、堀口正平から、右新潮報に小此木後援会準備委員会の役員が決定して会員三万名を目標に藤岡市を中心にその結成準備をしている旨の記事と関係者の写真を併せ掲載することにし二万部位印刷中である旨及びこれを日刊新聞に折込んで頒布するから協賛して五万円出して貰いたい旨申込を受けたが、報道の内容については右程度のことを聞いただけで、更に詳細な説明を求めたり、原稿を閲覧したりしていないこと、被告人は選挙も間近い時期にかゝる新聞が多数の有権者に配達され読まれゝば選挙の際小此木の票を増すことになると思い小此木に当選させたい気持からその場で右五万円の提供方を承諾し同月三十一日前記事務所において堀口に金五万円を交付したがこの時期においても記事の内容についてはさきに堀口から告げられた以上の知識がなかつたこと、堀口が別紙二の如き記事をその一部に掲載した新潮報(第四十一号)の印刷を前橋刑務所に注文したのが同月二十四日頃で、同月三十一日堀口が前橋刑務所に至り前記五万円中から代金を支払い、刑務所から右新潮報を前記事務所に運搬して貰つて現実に受取つたことが認められる。小此木後援会趣意書には同後援会の目的につき右認定と異る記載があるが、前顕各証拠及び牛込新一郎、西沢新一の検察官に対する各供述調書と比照し、採用し難い。公職選挙法第百四十八条の二は「当選を得しめる目的をもつて……新聞紙……の編集又はその他経営を担当する者に対し金銭……の供与をしてこれに選挙に関する報道……を掲載させることはできない、」と定めるが、同条にいわゆる「当選を得しめる目的、」があるというがためには、その選挙に関する報道において特定候補者を推せん、賞讃したり、或いは同人に対する投票を勧誘するに帰する如き報道を掲載せしめたり、通常の発行部数より著るしく多い部数印刷し通常の頒布地域、被頒布人員より広い範囲に頒布される等当選を容易ならしめることを目的とすることを知つていたことを要し、右の目的は金員供与の時期に(新聞印刷のいかなる段階にあるときに金銭が供与された場合に掲載させたというかは暫く措く)これを有することを以て足ると解するから、新聞の編集、経営を担当する者からある報道を掲載する旨告げられたとしても、その内容が右の如き趣旨の報道まで及ぶことを知らなかつたり、発行部数、頒布地域が右の如くであることを知らなかつた場合は同条に該当しないものというべきである。前記認定の事実によれば被告人は金五万円供与の時期に、新潮報において、小此木後援会が会員三万名を目標に結成準備をしている旨の記事と共に小比木及び後援会幹事の写真が掲載されることは知つていたが、その詳細が別紙二のとおり、小此木左馬太に対する好意的筆致で、その人格識見が当時の現役代議士福田、中曽根に比べ遜色なくこれを国会に送るべく強力な支持を受け、その運動がされている旨小此木左馬太を賞揚していて、同人に対する投票方を暗示しその当選を容易ならしめるに足る記事にまで及んでいることを知らないまゝに、ただ前記程度においてでも小此木後援会が記事になれば小此木の名が世人に知られ前記選挙に当り有利に影響することを期待するのり余り要求されるまゝに金五万円の提供を約したものであるから、たとい被告人自身が当時前記の如き小此木後援会の目的を知つていたとしても未だ当選を得しめる目的を以て右金員を供与したものとは認め難い。又被告人が右金員の交付を約したことによつて新潮報第四十一号全部を買占め被頒布者には無償で頒布する結果となつたことは前認定から明らかではあるが、特に右の点を認識していたことは認め難いし、又被告人の検察官に対する供述調書中には堀口からきくまでは新潮報をみたことがない旨の供述記載があるが、この程度では直ちに前記折込による本件新聞の頒布が特別の頒布方法であること、従つて頒布地域及び人員が右の如くであることを知つていたとは認め難いから、これ亦当選を得しめる目的があつた証拠とはいえない。他に前認定を覆えし前説示の如き意味において当選を得しめる目的があつたものと認めるに足る証拠がないから、被告人の本件の所為が公職選挙法第百四十八条の二第一項に該当するものとはいえない。

(検察官は「右法条の掲載とは記事として印刷し、該印刷物を配付するまでを含む」趣旨の主張をしているが、同条の新聞は定期に有償頒布することを建前とするものであるから、印刷が完成すれば通常これに続いて頒布されるもので、頒布されないまゝ終ることは常態ではない。従つて選挙に関する報道の印刷が完成すれば当然頒布の危険を生ずるが故に、同条は頒布に至らざる掲載の段階においてこれを禁止したものと解されることから掲載とは印刷完成の時までと解されるし、又、同法第百四十八条第二項は「前項に規定する新聞紙……を通常の方法で頒布し云々、」と規定しているが、同条第一項には「新聞紙が……選挙に関し報道及び評論を掲載するの……」とあるから、結局第二項は、選挙に関する報道評論を掲載した新聞を……頒布し云々の意となる、然りとすれば同条において掲載と頒布は明らかに区別されているものというべく、同条の頒布は掲載の中に含まれないといわねばならないが、同法第百四十八条の二の掲載を同法第百四十八条の掲載と別異に解すべき理由が見出せないから、右百四十八条の二の第一項の掲載は頒布を含まないものといわねばならない)。

右の次第であるから「掲載させる」というためには金銭供与が、新聞の印刷がいかなる段階にある時になされることを要するか、即ち印刷着手のときまでゝあるべきか、印刷に廻されたがまだ削除が可能なときまでになされるべきか、又は、印刷完成した時までゝ足りるかについては説明するまでもない。

次に予備的訴因(別紙一記載のとおり)につき案ずるに、前顕各証拠及び余湖明の司法警察員に対する供述調書、伊藤伝六の司法巡査に対する供述調書、浅見えつ、渡辺紀子、桜井博作成の各答申書によると堀口が小此木左馬太の選挙運動者であること前認定の如き経緯で小此木左馬太の選挙運動者である堀口正平が別紙二記載の如き記事を、小此木及びその支持者の写真入りで掲載した新潮報第四十一号を、日刊新聞の販売店に依頼しこれに折込んで頒布したこと明らかである。右の記事を通読すれば前説明の如き趣旨目的の記事であること明らかであるからかゝる記事をみづから執筆し、通常の発行部数の二十倍に上る二万部もの部数を印刷せしめ更に日刊新聞に折込むことによつて広く本来の購読者以外の者にも頒布閲読せしめようとした堀口はまさに、かゝる方法により選挙運動の期間前に小此木左馬太のために選挙運動をしようとしていたものということができる。然し、被告人の金五万円を交付した所為が、公職選挙法第二百二十一条第一項にいわゆる「当選を得しめる目的を以て金銭を供与したもの」というがためには、右金銭供与の時に被告人が主たる訴因について説示した如き事情を知つていて敢て供与したことを要するものと解するが、右金五万円供与が右の如き事情を知つてなされたと認められないことは前叙したところにより明らかである。(前叙説明を引用する)。然りとすれば主たる訴因についても、予備的訴因についても当選を得しめる目的があつたことの証拠がないものというべきであるから、被告人の前認定の所為は公職選挙法第二百二十一条第一項第一号にも該当しないものである。

よつて前記主たる訴因及びその予備的訴因についてはいづれも犯罪の証明なきものというべく刑事訴訟法第三百三十六条により無罪の言渡をなすべきである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤一芳)

別紙一、

主たる訴因

被告人は昭和三十三年五月二十二日施行された衆議院議員総選挙に際し、右小此木左馬太の立候補届出前同人に立候補の意思あることを知り、立候補の暁は同人に当選を得しめる目的をもつて同年三月三十一日頃藤岡市藤岡三百三十五番地小此木後援会事務所において旬刊新聞「新潮報」の編集及び経営者である堀口正平に対し同紙上に小此木左馬太の選挙に関する報道記事を掲載することの報酬として金五万円を供与し、よつて右堀口正平においてその頃前橋市宗甫分町甲三百九番地前橋刑務所において「藤岡市多野郡を一丸とする小此木左馬太後援会、会員三万人を目標に結成に乗出す」と題し、小此木左馬太外十名の写真入りで衆議院選挙に立候補を表明していた小此木左馬太のため同人の居村一致してこれを支持し小此木後援会が発会したがこれを藤岡市、多野郡を一丸とする後援会に拡大発展させようとして最高幹部の陣容を整え会員三万人獲得を目標に推進する旨の選挙に関する報道記事を掲載した「新潮報」三月十五日付第四十一号二万部を印刷製作した上同年四月三日頃藤岡市藤岡四十六番地新聞販売業桜井博方外九ヶ所の新聞販売業者方において右桜井等に対し新聞に折込み藤岡市内及び多野郡各町村の一般新聞購読者にこれが配布方を依頼して右「新潮報」を引渡し以て選挙運動の期間前に選挙運動をなしたものである。

予備的訴因

被告人は昭和三十三年五月二十二日施行された衆議院議員総選挙に際し、同月一日群馬県第三区から立候補の届出をなした小此木左馬太の出納責任者であつたが同年三月三十一日頃藤岡市藤岡三百三十五番地小此木後援会事務所において選挙運動者で旬刊新聞「新潮報」の編集及び経営者である堀口正平に対し同紙上に小此木左馬太に関する記事を載せて二万枚を印刷頒布し選挙運動をなす報酬並に費用として金五万円を供与し以て選挙運動の期間前に選挙運動をなしたものである。

別紙二、

藤岡市・多野郡を一丸とする小此木左馬太後援会々員三万人を目標に結成に乗出す

石橋内閣から岸内閣となつた昨年から解散の与論盛上る一月解散が真剣に考えられているときかねてより衆議院選立候補を表明していた小此木左馬太の居村である、藤岡市日野地区住民は、現代議士、福田、中曾根に優るともおとらない小此木を国会に送り、藤岡市多野郡はもとより群馬の発展の為充分なる働きをしてもらう事が我々住民の務めであり名誉でもあるとする考えが挙村一致するところとなり期せずして小此木後援会(会長・桜井由太郎氏)の発会となつた。

これを藤岡市、多野郡を一丸とするところの後援会に拡大発展させて行こうと藤岡市六丁目に連絡所を設けて同志に呼びかけていたところ、このほどその最高幹部の陣容も整い去る四日第一回準備委員会がもたれ会員三万人獲得を目標に推進し近い内に藤岡市、多野郡を一丸とする小此木後援会結成大会を盛大に催す事になつた。後援会結成を押進める幹部は、日野地区後援会長、市議員桜井由太郎氏を筆頭に、市議員金田寅松氏、市議員設楽五郎氏、市議員堀越志知郎氏、市議員新井勝之助氏、市議員渋沢永太郎氏、木部安一氏、消防団日野支部団長、奏野英一氏、高橋亮一氏の他数市議会議員もこれに参加を表明しており地元の支持層も強力にかたまつて来て居り三万人の会員獲得も明るい見通しのようだ。その他、高崎市、群馬郡、甘楽郡、碓氷郡、渋川市、北群馬郡、吾妻郡と三区一円にわたつて後援会結成の動きが次第に高まつて居り、農地補償連盟全国副会長の職にあつて努力している。農地解放による大小地主の補償も明るい見通しとあつて、小此木左馬太氏を支持しようと云う気運が三区一円に高まりつゝある事は注目されて居り現四代議士も強敵現れるでその地盤がためも猛烈のようである。

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